国会IT革命推進プロジェクト シンガポール視察団報告書

2001年8月25日改定版
団 長 大畠 章宏 (PT座長)
副団長 寺崎明久 (PT副座長)
事務局長 内藤正光 (PT事務局長)
団員  簗瀬進 (PT幹事長) 
団員 島  聡
団員 原口一博
団員  奥田 建
随行  松崎淳 (内藤議員秘書)

国会IT革命推進プロジェクトチームは2000年12月14~15日の間、シンガポールを訪問し、現地関係機関等より当地でのIT革命の進展状況についてヒアリングを行う等の調査を実施した。今回の視察は大畠章宏NC大臣(PT座長)を団長に、7名が参加、2名が随行した。以下はその記録である。

主 な 視 察 日 程

12月14日(木)
1            トア・パヨ図書館訪問
2            道路自動課金徴収システム(ERP)視察
3            情報通信開発庁(IDA)訪問
4            運輸・情報通信大臣表敬
5            教育省訪問 西林公使との懇談
12月15日(金)
6            シンガポール港及びPSA社訪問
7            国会情報通信委員との懇談
8            シンガポールポストセンター訪問

は じ め に

シンガポールは、1965年にマレーシアから独立し、世界一の貿易港を持ち国際金融ハブとしても目覚しい発展を遂げている、東京23区と同規模の空間にその約半分の人口402万人が暮らす都市国家である。住民の77%を占める華僑が経済の実権を握り一院制の国会は83議席中81議席を占める人民行動党が圧倒している。マルチメディアスーパーコリドー構想に対してシンガポールONE構想を打ち出すなど、常にマレーシアとの対抗意識に燃えるこの国の政治体制の中心に位置しているのは、ゴー・チョクトン首相ではなくリー・クワンユー上級相であり、77歳の今もパソコンを駆使し政界に君臨している。

国土も人口も資源もわずかなこの国が、今目指すのは多国籍企業の国際拠点化である。同時にそれはシンガポールを中核とした国際分業体制の確立をも意味する。例えばインドにIT企業団地を設立する、オランダに港湾海運設備を整備するなど、その展開ぶりは枚挙にいとまがないが、そこに、国を挙げてのIT革命が、目的達成のための主要な手段として活用されている。国家経済戦略の中にITが見事に組み込まれている。

国民は小学校4年で成績別に進路が決定され、18歳になると最低2年間は徴兵される。7万3,000人の軍隊を持ち国家予算の4分の1は軍事費である。市場経済の申し子のような国柄とは対照的な国家主導型の政治・社会体制が特徴といえる。IT革命もこの国ではもっぱら国家主導で進展を見た。しかし、非効率で質の低いサービスを画一的に押し付ける国家主導ではなく、図書館でも郵便局でもエネルギーと活力に満ちた、効率的でクオリティの高いサービスを提供する公共部門の姿勢が貫かれている。

翻って我が国のIT革命に対する政府の取り組みは常に現状の後追いに終始し、根本的な理念を示すことが出来ないでいる。「IT基本法」の目的が「世界の潮流に遅れないよう日本もIT化を急ぐ」こと以上の意味を記していないのもその一例である。

常に競争にさらされながら生き抜いていくことを運命づけられた国家シンガポールの取り組みはこの点で、「なぜIT革命なのか?」を鮮やかに示している。特に政治経済体制から社会の隅々に至るまで国家の手が及んでいるこの国でIT革命を推進することは、結局壮大な電子政府の実験場を創出することに他ならない。

電子政府は、いずれ民主政治の革新をもたらし、政府と国民の関係も、統治者と被治者というがんじがらめの伝統的関係より、サービスの提供者と顧客という関係が重要になる。効率と質の向上のために分業とアウトソーシング、手続の簡素化と不要事務の廃止、部署の削減、民間の経営管理手法の導入などあらゆる政策手段が動員されよう。裁判の電子化、選挙の電子化も広義の電子政府の流れである。

そうすると日本もシンガポールも今後どのような変化の季節に直面するかは未知数ともいえる。しかしこの大きな時代のうねりが確実に続いていくことは疑いようもなく、我が国としても民間ベースのIT革命をリードするような電子政府を実現させるための具体的で説得力のある数値目標とアジェンダ(行動計画)が不可欠であることを関係各位に改めてご確認いただければ幸いである。

12月14日(木)

1 トア・パヨ図書館訪問

市内地域コミュニティの公共図書館。98年からIT化のための改装工事を実施し、昨年5月 に新装。利用者は97年は82万人だったが昨年は220万人に増加。電子図書館のシステムは民間企業のシンガポールテクノロジーズ社と国立図書館庁が約4億2000万円で共同開発し、今後海外の図書館にも販売する計画。

●プロセシングマシーン
本に付されたバーコードを読み取り自動的に貸し出し手続をする機器。利用者が手続のために割く時間はこれで1時間が10分に短縮された。身分確認は16歳以上の全国民に身分証として配布されるIDカードで行う。他の利用者には図書館カードを発行する。IDカードには住所・氏名・生年月日・血液型・民族という基本データが書き込まれている。利用料は国民は無料、外国人は初回約1300円。

●料金支払機
予約、延滞料金支払いはATMとリンクした機器を使用する。キャッシュレス社会化を掲げる国策の一環であり、既にマネーカードは常識化している。これで年間50万件の支払いを自動化している。

●ブック・ドロップ(電子返却機)
真夜中でも他の図書館で借りた本でも自由に返却することを可能にしたのがブックドロップのシステム。図書館の外側から投入された本をバーコードで分類して整理することなのだが、以前は2500万冊に一つ一つスタンプを押し図書の分類に沿って収納する仕事なので代わりのきかない面があったのを新人でも可能な仕事に変えてしまった。効率は3倍に上昇させスタッフ数は増員ゼロである。全部で18の図書館のうち6つの図書館でこのシステムが採用されており来年末までに全てに導入される予定。

●オンライン・パブリック・アクセス・カタログ(OPAC)
国内の他の図書館とオンラインで結ばれたネットワークのことで、自宅からのアクセスも可能。自宅や指定した図書館への本の配送を依頼できるほか、自分の借りている本、イベント予定を知ることができる。自宅配送の場合は約330円かかるが来年中ごろにはオンライン決済も可能になる。また約100円で本の予約ができ、貸し出しする図書館を指定して受け取ることができる。

●ワンラーニングプレイス
昨年5月から運用されている一般市民向けのIT研修施設で図書館内に開設されている。トア・パヨ図書館では122台のパソコンに一台ずつ小型カメラが付いていてオンライン会議もできる仕組みで、講師のほかにサイバーガイドと呼ばれるアシスタントも配置されている。512Kのブロードバンドが実現しているのでハイスピードのネットサーフィンやオンライン取引の体験学習ができる。 このシステムは情報通信開発庁(IDA)と国立図書館庁(NLB)が共同開発し民間会社が運営にあたっていて、すでに主婦や高齢者、学生、一般労働者など6万人が受講した。市民向け研修は民間のものもあるが通常3時間6,500円であり、これに対しワンラーニング・プレイスは6時間約3,300円と4分の1のコストで済む。

●図書館の目指すもの
もともと全国どこにいても10分で到達できるようにするため18の図書館が設置されている。しかし昨年この図書館だけで200万件のアクセスがあった。その主なものは貸し出し申込みと検索であった。普及の背景には英語に親しんでいる強みがある。50%台の普及率を引き上げて全ての国民が利用することを推進するため、情報通信開発庁(IDA)は中古パソコンを手入れして国民に寄付をし、低所得者には助成金を支出している。また全国労働組合会議は一日約65円でパソコンを貸し出している。

目指すのは図書館の生産性向上であるが、自宅にいながらサービスを受けられるようにする狙いがあり、図書館のサイトをもっと魅力的にしていくため検討を重ねている。

2 道路自動課金徴収システム(ERP)視察

1975年以降中心部の自動車の流入規制を実施してきた政府が、市内乗り入れ許可証の発行や添付という従来のシステムをIT化したもので、三菱重工が落札、総費用は200億円である。自動車側の通信機とアンテナ付きのゲートの間で通信を行い、ノンストップで課金徴収が可能になった。6平方キロの中心部の進入制限から全域の渋滞緩和へと使われ方も変化している。料金は朝7時半から朝夕のラッシュ時には割高に設定するなど混雑具合に応じて30分ピッチで変わり午後7時以降は無料になる。 車載機は97年から98年にかけて政府が無料で配布したこともあって、すでに128万台が普及していて車の90%以上が取り付け済みである。

2’インフォメーション・キオスク(シンガポールONE無料体験コーナー)

メインストリートには30~50mおきに一つ、電話ボックス3個分のスペースが設けられている。オンラインでシンガポールの約200の観光を中心とするアプリケーションを無料で利用することができる。 官民共同で300以上の企業が参加して約260億円を投資し開発されたもので、25万人が利用し、商業ビルにも整備が進められている。

3 情報通信開発庁(IDA)訪問

国立コンピュータ庁と通信庁を統合して発足した政策執行機関で職員800人。上部機関で企画部門とされる運輸・情報通信省は全体で100人、うちIT関係は8人であり、シンガポールのIT革命はIDAが司令塔である。 以下はウィリアム・ヒョウ国際担当及び戦略企画担当上級局長からのヒアリング模様である。

●シンガポールのIT化の流れ
80~85年の国家コンピュータ化計画では、行政のコンピュータ化、地場のコンピュータ産業の育成、人材育成の3点に絞った。続く86~91年の第二次計画では行政のコンピュータと民間をつなぐこと、手続の電子化、そして貿易手続処理のトレードネットによる完全な電子化であり、実際貿易手続は数ヶ月の処理期間を数日に短縮した。 92年からはIT2000計画により全島をインテリジェントアイランド化し、各世帯をコンピュータ化し、大学・学校・職場・図書館・医療機関をオンラインでつないだ。そして2ヶ月前にはインフォコム21が終了し、海外と直結した。これで政府~民間~全土~外国へという流れができた。

●電気通信の自由化
92年に国営の電気通信事業シンガポールテレコムを民営化した。2007年までに100%自由化の方針だったが、02年に前倒しし、さらに今年4月実施に前倒しした。ブロードバンドは公団住宅が住宅全体の8割を占めていることから全世帯の99%でアクセス可能であり、電子ビジネスの準備の進み具合ではアジア1位世界8位、電子商取引の準備の進み具合ではアジア1位世界4位である。また情報通信がGDPの6%を占め、インターネットの普及率は法人の81%、世帯の57%であり、パソコンの普及率は世帯の59%である。 4月からの自由化以降、170の認可を発行し、企業は既に約二千億円以上の投資と2500の雇用を創出している。新規参入の増大に対し競争のためのルールを新設した。新しい情報通信を定義づけし、ITに乗り出す企業にはインキュベーション設備や資金調達支援機関、マーケティング支援サービスなどの支援を実施している。今後は、マルチメディアとワイヤレス、そしていつでもどこでもアクセスできることという3点に重点を置いていく。

●地域分野の競争政策
電話キャリアはシンガポールテレコム一社だが、通信料金の見直しは必ずIDAと相談させている。電話料金はIDAが管理している。新規に別の会社が参入したり、シンガポールテレコムを分割したりすることは念頭にない。分割より拡大していくべきで、そうでないと地域と世界の両方のマーケットでは太刀打ちできないとの考えである。

●インフォコム21のビジョン
目標は、シンガポールを情報通信分野で世界の主要都市にすることであり、シンガポールの電子商取引を国際社会の中で確立することである。そのため、次の成長分野としてIT分野を育成し、IT以外の経済産業分野の競争力をIT化によって強化し、情報の豊かな社会をつくることを盛り込んだ。 インフォコム21の6つの柱は、 シンガポールをITハブとして育成する、競争力のある電子経済を発展させる、最良の電子政府をつくる、世界の有能な人材を集めて人材拠点化を進める、人々がITをうまく使える社会を築く、そしてこれらを可能にする政策と環境をつくる、というものである。 IT革命のインフラ、市場、企業、人材を整えるための土台は政策であり、戦略的資本提携であり、市民や法人への教育である。またコンテンツ分野で世界一流の企業に進出してもらうため、信頼性と効率性の高いインフラが不可欠だ。シンガポールは今、地域とも世界とも非常によくコネクトされている。知的所有権も見直し、権利保護に配慮している。

●セキュリティ
シンガポールを電子ビジネスの拠点とするにはセキュリティ対策が重要だ。身元確認、認証、コンピュータ不正使用法の制定、プライバシー保護などの新しい政策を打ち出しており、貿易・物流・金融の分野では特に導入を奨励している。また業界による自主規制としてデータ保護やプライバシー保護のため信頼マークの付与も行っている。知的所有権保護の面では投資家の評価が肝心で、今年後半に入りシンガポール警察は知的所有権保護部隊を新設し研修を終えた。

●電子政府
2001年度末には殆どの行政サービスがオンライン化される。24時間どこからでもアクセス可能になる。オンラインの購買システムも稼動し入札なども全て電子化される。市民向けには電子市民サービスセンターが開設され、出生から進学、徴兵、ビジネスの立ち上げまで、一生の内のあらゆる手続が一つのホームページにまとめられワンストップ化する。

●デバイド対策
パソコンを買えない人にはワンラーニングプレイスのような公共の場で研修を行い、IDAで中古パソコンを集めて手直しし配布する。また低所得者や障害者、英語を話せない人のために特別に研修プログラムを実施している。

●人材の確保
最良の人材確保は世界中で競争状態が続いている。人材の数と質を両方高めなくてはならないので4つの戦略で臨んでいる。すなわち、大学のカリキュラムの充実、海外からの人材誘致、技術を持たない人の転換プロジェクトの実施、IT技術者向け就業ビザ取得の迅速化である。実際インドとは人材誘致の覚書を交わしたばかりであり、また政府はIT技術者専用のビザ発給業務を行うようになった。

4 運輸・情報通信大臣表敬

シンガポールにおける交通通信分野の政策企画部門であり、情報通信開発庁を統括している。

以下はヨウ・チョウトン運輸・情報通信大臣との懇談及びヒアリングの模様である。

●シンガポールのIT革命の目指すもの

2002年に予定していた電気通信分野の自由化を2年早め、今年4月から完全実施したことで、世界への接続性が増した。PEOPLE、PUBLIC、PRIVATEという3つのPの.com化が政策の基本にあり、このうち公共部門はまもなく100%IT化される。 PUBLIC=電子政府の中身は、各省にまたがっているものを一つのトランザクションに変えていこう、個人が届け出たら他省庁の関連ページにすべて行けるようにしよう、というものだ。 PRIVATE=民間企業部門は、ITこそ経営全体の成長のための重要手段であり、企業規模に関係なく最新技術を使ってもらえるようにする。 PEOPLE=人材という面では、全ての学校に既にコンピュータ用の研究室があるが来年末までに全小学校の全教室で2人に1台のパソコンを配備する。課題は教員の研修である。あくまで教育を効果的に行う手段と位置付けている。人材の再訓練については政府と企業、労働組合が一緒に再研修を行い、ITを使えない人を使えるように転換するプログラムを実施している。

5 教育省訪問

教育のIT化を推進する目的と手段が明確であり、とくに近未来の情報の一層の氾濫の中でも生き抜いていける人材を育てることを明確に打ち出している。そのために今はこども5人に1台のパソコンを02年までに2人に1台にする。先生はもう2人に1台のノートブックが配備されている。 以下はリム・ポーセン教育技術調整官よりのヒアリング模様である。

●教育におけるITの役割

教育省では教育におけるITのマスタープランを策定した。子どもが将来必要とする仕事を特定して備えるべきものは何かと言う視点からだ。それは学習であり創造的思考であり、コミュニケーションである。 教育におけるIT革命には4つの目的がある。 学校と世界のリンクの充実により学習の場を豊かにし、様々な情報にアクセスさせ、世界市民として育てていくこと。生徒一人一人の自立した学習や革新的な考え方を尊重しつつ、他の人との協力によって作業をすることを学ぶこと。教育戦略や指導方法、成績評価へのIT導入による教育における手法の革新と学校の自主裁量運営を実現させること。運営や管理の精度を向上させること。 カリキュラムは、教師・父母・民間の代表による委員会の意見をもとに教育省の専門家が作成しているが、今後の重点は、氾濫する情報をどのように受け取り管理していくかという子どもの能力を育てる点に置かれて編成される。IT化によって教育の幅を広げ、教育の資源が増え、子どもが自主的に学ぶことが増える。そのため、教育ソフトの購買制度も新設してより安価に提供されるよう工夫した。なおパソコン使用にかかる電話料金は学校が予算内で十分支払える。

●IT化の進展状況
今は授業の二割がIT化されているが02年までには3割に達する見込みである。また今は小学校児童6.6人に一台のパソコンを02年には2人に1台にする。さらに各学校ごとの校内のネットワークや学校間のネットワーキングも進めており、いずれすべての学校が接続される。 一方、教員の研修は今年度末までに全教員2万4000人が終了する。これとは別に小中350校に計60名の上級IT講師を配備して指導に当たらせている。さらに教員のパソコン購入助成金としてノートで4割、デスクトップで2割を補助している。パソコンが苦手の高齢の教員向けにはハンドホールディングと名付けて手取り足取り指導する特別のプログラムを用意している。ただ、ウィンドウズの使い方とかワード・エクセル・インターネットの利用法を簡単に教えるだけであり、要は手段として使えるようになれば良い。

●大学受験に生じた変化
ITの導入に伴い、高校段階ではシンキングプログラムを取り入れた。創造的思考を重視し、授業の約2割を削減し、教科を見直してプロジェクトワークを多く取り入れた。04年以降の大学受験では学校でのプロジェクトワークの評価を採用する。これは、一人で情報収集し、分析し、発表する取り組みで今までより創造力が求められる。ただし、語学力をベースに小学校4年生の段階で進路を振り分けるストリーミングポリシー「振り分け制度」には今のところ変更はない。

12月15日(金)

6 シンガポール港及び運営会社PSA社

シンガポールは年間20フィートコンテナ換算で1600万単位を取り扱う世界最大の貿易港であり、それを担うのがPSA社である。元はシンガポール港湾庁であったのを、政府の100%出資の株式会社に切り替え、来年には上場も予定している。一時間で最高243コンテナの処理能力の源泉はまさにIT化の進展による。取扱いコンテナの6割は東南アジア向けで事業内容はターミナルの運営というPSAだが、コンテナターミナルの建設も手がけ、イタリアや北九州にも進出を予定中である。 以下はジュール・ヤップ国際業務担当副課長からのヒアリング模様である。

●シンガポール港の進展の理由

ITはあくまで従業員のサポートのツールと位置付けたことと二つの労働組合がいずれもIT化に協力的で変化のスピードについてきてくれたことが大きく貢献している。日本は情報技術を持ちながら港湾にうまく生かされていない、技術はあくまで手段であり、要は使いこなす側の人の問題ではないか、との指摘があった。

●シンガポール港の情報システム

PSAから分社したポートネットで全てリンクしている。つまり顧客、PSA、港湾当局、税関、貿易官庁の全てがネットワークで結ばれている。これが日本にないのではないか。 ソフトは16年かけて全てPSA社で開発し、ネットワークはいま世界の400の海運業者、700の港と結ばれている。入港の近い荷主の情報が当局へ入ると電子的通関・登録と同時にPSAのシステムに情報が送られ、陸揚げされたコンテナのゲート通過の際には遠隔操作のカメラでコンテナ番号を把握し行き先がアレンジされ倉庫計画も既に決定している。これらは全て 一括して電子的に処理される。船は着岸後10時間で離岸可能である。

一日でコンテナ船60隻・5万個のコンテナを扱っており、もはやITの活用は必須である。無人コンテナ運搬車や二階建てトレーラーも開発し、クレーンの操作も一人一台のヤードクレーンからオーバーヘッドブリッジクレーンへの切り替えで無人化・集中管理を進めている。   ただし人材の切捨ては行わず、新規採用より再研修重視で進めてきた。

●ユーザー本位の港湾
港湾のユーザーである海運業者本位で考えると、今求められているのは、低廉な料金のほかに24時間対応できる柔軟性であるが、中国やシンガポールにあって日本にないものだ。顧客が求めているときにサービス提供できることが重要でシンガポールはここにITを活用している。 日本では個別に事業者が存在するパイロットも荷役もヤード管理も、シンガポールではターミナル内で一元的に運営されている。ユーザーから時間とサービスの質が厳しく問われる時代に、労働組合も競争力を維持することの重要性に理解を示している。

7 シンガポール国会運輸・情報通信委員会

シンガポール国会は一院制で95%以上の議席を与党人民行動党が占める。ITそのものが議会で扱われるようになったのは比較的最近のことであるが、ブロードバンド普及につながるケーブルの埋設を20年前から促し続けたり、自動車の課金徴収システム導入を奨励したりといった監視員的な役割を担っている。 以下はタン・チェンボク議員およびヨウ・グアカン議員との懇談の模様である。

●電気通信事業における競争政策
シンガポールテレコムによる1社独占を改め、スターハブとM1を加えた3社独占に移行したが、それも改めて01年から完全自由化する方針である。この2社には02年まで独占を保障した上で免許料を支払わせていたので、政府は期限の利益を損なったことに対し補償金を支払う。開かれた電気通信市場に対し数社が関心を寄せている。テレコム市場は既に4月から開放しておりブロードバンド市場も開放する。そのネットワークは99%の世帯で整備が終了している。

●独占的事業者の分割の議論について
マイクロソフトのように余りにも巨大になれば話は別だが、シンガポールテレコムは第一に純然たる民間会社であり、第二に市場に他の競争相手企業があるので分割は不要である。日本のNTT分割の議論はシンガポールでも注目しているが訳のわからないことをなぜやろうとしているのか、むしろ外国企業の市場参入を通じて競争を促進すべきではないか、との認識も示された。

●ブロードバンド普及にあたって
人口の84%が公団住宅に住むシンガポールだからこそ、公団住宅のブロック単位でケーブルを埋設・設置することがスムーズに進んだ。実際民間住宅のほうは道路から自宅まで回線を引くのに約40万円以上自己負担しなければならないのに対し、公団居住者は1300円~2000円の負担で済み、しかもアクセスは殆ど無料だから、普及は早い。 ただし、整備にあたる民間会社に特別な支援はなく、IT分野全般に対する税制上の優遇に止まる。ブロードバンドの普及はあくまでビジネスとして投資価値判断に基づいて行われている。 CATVも工夫をしていて、シンガポールケーブルビジョンでは、各世帯にリンクするための埋設費用を、初期コストとして顧客が一括払いする方式を改め、毎月の加入費から差し引く方式にして普及させた。日本の携帯電話と同じやり方である。このCATVも一社独占を改め、電力会社のシンガポールパワーの配電網の活用を見込んでの新規参入が検討されている。 これといった需要喚起策はとっていないが、小学校からのコンピュータ教育や、大学入学直前の子どもに無料でメールアドレスを与えていること、労働組合によるIT研修、図書館などでの主婦や高齢者向けの研修などを実施してきた。つまりサービス提供側の会社に対するインセンティブ付与ではなく、サービス利用者である市民に助成金を出してきた。

●シンガポールでのIT革命進展の要因
小規模な国で何でもまとめやすいこと、労働者と政府が調和していること、日米欧との競争に常にさらされ追いつかなくてはならないこと、が大きな要因である。 IT推進のお手本はアメリカである。人材の不足はインドや中国からの招聘で補っている。日本はIT革命で遅れをとっており人材も逼迫しているのでシンガポールに招くことはできない。

8 シンガポール・ポスト

82年10月、シンガポールテレコムと郵政省は統合され、郵便事業はシンガポールテレコムの資金によって機械化・自動化された。92年4月にはシンガポールテレコムグループが株式会社化され93年10月には民営化された。これに伴いシンガポールポストはシンガポールテレコムが100%出資する郵便事業会社としてスタートした。郵便の取扱高は年率5%の増大を続けているが、民営化以前は100以上あった国営郵便局が62に減り、他の民間郵便事業会社の郵便局が約100個所誕生した。また配達拠点は40個所が11個所になり業務目的別に集約された。その一方でオンライン上の仮想郵便局の開設や様々な行政サービスとリンクした郵便局でのワンストップサービスなどITを活用した新たな事業展開を進めている。なお、IT革命の進展に伴って個人による郵便の利用は激減し代わりに請求書などのダイレクトメールが大幅に増加しつつあり、今後はネット上の購入品の国内外を結ぶ配達業務にも重点を置く方針。 以下はテオ・ユウファ副総裁からのヒアリングと懇談の模様である。

●ポストセンター
業務の効率化による生産性の向上を目的に、5年がかりで約330億円かけて整備された、ITを活用した郵便物の仕分けのための新システムで、センターと11の集配拠点からなる。6桁の郵便番号にバーコードを付して、郵便物のトレーへの仕分けを完全にコンピュータ化した。さらに配達員の管轄区ごとの区分けも自動化したので作業全体に占める手作業の割合は15%以下に減少した。いまや配達員は予め配達順にソートされた郵便物をただ並んでいるとおりの順番で配達するのみが仕事となった。これによって一日の取扱高は89年には100万件だったのが現在は230万件に増大したが、IT化に対応するため職員の再研修を実施し続け、その人数はここ10年2300人のまま変わらない。

●仮想郵便局「vPOST」
昨年11月から導入されたインターネット上の郵便局。郵便局のサービスを電子的に提供するもので、電子書留や決済機能、電子切手の発行などを行っている。このうち電子書留は、警備業務を行う独立行政法人のシスコとの合弁で暗号化技術を開発し、民間会社のファーストキューブと「抽斗システム」を開発して実用化した。 ネットワークインフラは既に整備されているので、実際の郵便業務よりも4割以上のコストを削減できる。ダイレクトメールを出すことと比べて企業側も支出計算や請求書管理を格段に簡素化できる。時間的場所的な制約もない。 子会社のデータポストではさらに顧客にハードコピーを提供しており、顧客は所得税、電話料金、インターネットモールでの買い物代金、各種保険料などの請求に対してワンクリックで支払いが可能である。 また電子切手「vSt@mp」は重要な手紙をセキュリティの高いシステムを使って電子的に流通させるためのもので、直接インターネットを通して購入する仕組みである。

●「vPOST」開設の動機
他企業が乗り出す前にインターネットの活用をしないと取り残されるという危機感から始めた。いま取り扱っている郵便物の大半が企業から顧客への支払請求であり、いずれペーパーレスになる見込みである。親会社のシンガポールテレコムにしても請求書を一通郵送するのに65円かかるがインターネットを使えば26円で済む。当然、多くの企業がネット上での請求に切り替えたいと思うだろう。そこで郵便事業者としては、インターネットに侵食される前に私たちみずからがネット上でのサービスを展開し、さらに一般のメールよりもセキュリティの高いメールシステムを開発して提供している。親会社とはいえシンガポールテレコムが乗り出したり、電力会社が参入したりしてからでは、太刀打ちできないから誰も着手していないタイミングが重要だった。 ただし、電子的なサービスの特徴として、大きな利益は望めないと見ている。でも、顧客にとっては窓口より手数料が安く、シンガポールポストにとっても窓口より低コストで済むというメリットは何物にも代え難く、ワンストップサービスの普及が促進される点も大きい。

●ワンストップサービス
自動化は第二世代に入り、郵便局に設置されたセルフサービス・オートメーテッド・マシーン(SAM)のタッチパネル画面で24時間いつでも電話・電気料金、所得税、交通反則金を支払うことができ、運転免許の更新なども含めて60以上の公的機関への手続ができる。導入以前は同じ郵便局の窓口で申請の内容ごとに異なる書式と異なる手続が全て手作業で行うよう設定されていたため、頻繁にトラブルが起きていたがそれも皆無となった。