私は2004年11月22日から28日まで神奈川県議会より派遣され英国ロンドンとエディンバラを訪問しました。
みずから企画立案したこの調査の目的は、神奈川県での防犯とテロ対策、教育改革に参考となる英国の実情を調べ、そのエッセンスを持ち帰ることにありました。そのため、約半年前から準備を進め、あらかじめ県内での教育事情や防犯・テロ対策について現場視察なども行ったうえで、英国に向け出発しました。
訪英して驚いたことは、警察も自治体も今神奈川県で問題となっている地域防犯の問題を過去に同じ形で経験し、見事に乗り切ってきたということです。またこの訪英と同じタイミングで、ブレア政権が地方教育当局の廃止という、前代未聞の改革に踏み出し、まさにそのさなかに学校を訪れて現場に触れ話を聞くことができました。
ブレア首相自身の一期目の公約が教育改革で二期目が防犯ですから、英国の政策課題の中でも特に重点が置かれているものを実地にインタビューを通じて知ることができたことは今後の日本のすがたを考える上でも大いに参考となりそうです。
笑顔で重厚なご対応を戴いたトビー・ハリス卿、首都警察局をはじめとする在ロンドンの訪問先の皆様、エディンバラ警察及びECCMなどエディンバラの皆様、在ロンドン神奈川県駐在事務所の皆様には、厳しい日程にも関わらず、大変お世話になり感謝申し上げます。

また今回の訪英に際し、神奈川県議会と県民の皆様、深いご理解とご協力ご支援を戴いた英国大使館、千葉景子参議院議員、民主党・かながわクラブ県議会議員団の皆様には衷心より御礼申し上げます。

ひとりでも多くの神奈川県民の皆様の御役に立てていただけるよう、この報告を致します。

日程 11月22日から28日
訪問地 ロンドン、エディンバラ
訪英団の構成
団長 平本さとし 神奈川県議会議員
事務局長 松崎淳 神奈川県議会議員
教育改革担当主査 大井康裕 神奈川県議会議員
防犯・テロ対策担当主査 本村賢太郎 神奈川県議会議員
随行 亀岡辰男 神奈川県議会事務局

防犯・テロ対策編
(1)首都警察局(ロンドン)
大西洋と北海に浮かぶ英国は日本の半分の人口約6000万人の島国で、このうちロンドンは約720万人と神奈川県よりやや少なめです。 英国訪問で最初にお会いしたのは、2000年に新組織になったスコットランドヤード、首都警察局のトビー・ハリス上院議員です。同局の重要事項を決定する4人の司法委員のひとり、日本で言う公安委員のポストに就いているトビー卿を、警察協議会年次総会開催地のブライトンに訪ねて、英国での防犯対策やテロ対策について伺いました。 防犯に適したまちの環境設計を推進するため、首都警察局ではすべての警察署に2人または3人の地域担当者を配置し、住民や企業に窓やドアの防犯アドバイスを行っています。 新しく建物を建てる場合には自治体から許可を受ける際に防犯上の条件が加わります。これを無視すると最悪の場合は取り壊し命令が下されます。また新規の開発行為を行う業者には見通しの利く住居の配置を求めるとともに、子どもの遊び場や若者の集まる場所、さらにはセーフコミュニティチームの集会場を作る資金を地元地域に提供してもらう場合もあります。 首都警察局の最も新しい取り組みがこのセーフコミュニティ「安全なまちづくり」です。これは小さなコミュニティごとに、地域と連携してその町に合った総合的な安全対策や住民へのアドバイスに専従するチームを設置するもので、すでにロンドンの7分の1の地域でスタートさせたところです。 ロンドンにはいま、警察官が3万人いますが、このほかに警察官の補佐役のコミュニティサポートオフィサーが2000人、そして特別警察官が700人います。 コミュニティサポートオフィサーは市民から公募され警察官を補佐するボランティアです。警察の中に配置され、犯罪多発地域を巡回するシステムをこの2年導入しています。 特別警察官は173年の伝統を有する法律に基づく制度で、有志の民間人が公募により受験し、6ヶ月の訓練を経て警察官と全く同じ制服と権限を与えられて無給で勤務に就くシステムです。 この特別警察官は全英で約2万人警察職員総数の12%を占めていますが、小売店のすりや万引き防止に威力があり増員の方向で進んでいます。もっとも、もしいまゼロからこうした制度を導入するとしたら、制服も権限も同じというのではない、違った方式を取るでしょう。 学校と警察との距離をなくすため、首都警察局では各警察署に学校担当の警察官を置いています。また、学校を出ても仕事に就かないニートと呼ばれる若い無業の人をどうするかは英国あげての課題で、自治体と警察、ボランティア団体が一体となって自動車修理などの研修コースを設け目的意識を持たせるプランを実施しています。 一方、テロ対策はIRA対策として長く取り組んできました。今日お会いしているこのホテルの隣ではかつて保守党の党大会の際に爆弾テロが起きたことがあります。そんなIRAは最近一部を除いて穏健化しましたが、かわって自爆テロなどを行うモダンテロリストが新たな脅威となっています。 その対策は(1)金属探知機などを使い、ターゲットを狙いにくくする(2)不審な口座への資金移動を厳しく監視する(3)メールや電話のチェックと一般市民からの協力、という3点ですが、いくら情報があっても盗聴テープを証拠にはできず歯がゆい思いをすることもあります。 不審な資金の移動を知ったら銀行も会計士も弁護士も当局に報告する義務があり、怠れば資格を失います。この資金の流れというのは重要で、小さなクレジットカード詐欺をたどっていくとテロ資金につながっていたというケースが実際にありました。 警察にとって最も大事なことは何かといえば、それは地元住民との信頼関係を構築することだろうと思います。それは国が違っても言えることではないでしょうか。

(2)近隣警戒活動ネイバーフッドウォッチ(ロンドン本部)
<ロイ・ルドハム理事長・ナイジェル・デイビス理事の話をもとに構成>
ネイバーフッドウォッチは、住民同士が互いに付き合いを深め、近隣の住宅に注意を払って安全度を高め、住居への侵入窃盗などの犯罪を抑止しよう、という運動で、もともと1960年代に米国で始まりました。 英国では1982年に米国に学んだ警察官がチャシャ地区で提唱して始まり、いまや全英で16万5000組織、600万世帯、1000万人が参加する国民運動になっています。 1グループあたり平均して25軒程度の世帯で、ロンドンには33の行政区のうち10あまりで区レベルの協会がありさらにその中に地区レベル、地域レベルの組織があります。 日頃の活動は(1)警察や自治体と住民の意思疎通を良くする(2)近隣の一人暮らしのお年寄りなどの困りごとを警察や自治体に連絡する(3)落書きや空き家への無断侵入など反社会的行為を排除する、という3点に重点が置かれています。 ネイバーフッドウォッチを結成するには、最寄の警察署に申請し、各エリアの個人宅や会社にあるネイバーフッドウォッチの事務所に申し込むことになります。このほか住民アンケートを行い、ステッカーを配る、警察とミーティングをするなど一連の手続きを踏んでスタートします。 ネイバーフッドウォッチは一般的に警察との深い協力関係があり、所属のボランティアはドアチェーンの取り付けなど防犯上の指導内容を警察から訓練してもらいます。 資金面では寄付を主体としています。地域の組織は市民の寄付によっていますが、本部組織の運営には年間4000万円かかるので企業寄付が中心です。 内訳は保険会社からの寄付が多く、そのほか通信機器大手のモトローラ社から双方向無線機にロゴを入れる見返りに売り上げの15%を提供されており、自治体からもプロジェクトごとの協賛を得ています。 今後は新しい資金作りのため企業向けに特別会員制度を発足させる予定で、年間1000万円出資するとネイバーフッドウォッチのウェブサイトやレターヘッドに会社のロゴを入れるなど特典をつけることにして加入を勧誘する計画です。 ところで、英国にも犯罪対策は無料だという意識はありましたし、今でも郊外へ行けば他人をウォッチすることへの抵抗感が残っています。 でも内務省の調べによると、ネイバーフッドウォッチのある地区と無い地区では空き巣など窃盗犯罪が5倍以上の開きがあり保険の請求にいたっては32倍です。実際、保険会社はネイバーフッドウォッチに入っている世帯の家財への保険の料率を割り引いています。 近隣同士が互いに注意を傾け連帯を強めるという意味合いの「ウォッチ」は、住宅地の「ネイバーフッド」のほかに、ビジネスウォッチ、ショップウォッチ、フォンウォッチ、スクールウォッチ、ポートウォッチなど、地域ごとに各グループがどういうことを守りたいかによって合計7種類に分かれています。 このうち、ショップウォッチの場合は警察から小売店の店主に事前にスリの容疑者の顔写真が入ったリストが送られ、店で事件が起きたらウォッチの中で瞬時に情報を共有します。そのためウォッチの内部で双方向無線機を各店の従業員が持っています。 どのウォッチにもステッカーが配布され個人宅や店先に貼ってありますがこれらは皆内務省で無料配布しており、「誰かが見ている」という、犯人に対する心理的な抑止力が働いています。

(3)クライム・ストッパーズ(ロンドン)

<ブライアン・ワレンハイム理事(元警察署長で10年前退職)、マイケル・ゴードン・ギブソン氏(新しいスコットランドヤード部長刑事で誘拐犯罪の交渉人。ロンドンクライムストッパー代表)の話をもとに構成>
 
クライムストッパーズはもともと1976年に米国ニューメキシコ州アルバカーキで始まった取り組みで、殺人事件の犯人をホットラインへの通報を頼りに3日で検挙し、2つの余罪を含め有罪となったことがきっかけでその名を知られるようになりました。 英国と同じようなクライムストッパーズは現在世界16カ国に広がっていて、欧州ではさらに拡大の動きがあります。 英国では1988年に設立され本部には42人のスタッフがいます。全英31の地域に地方委員会があり自治体や企業、メディア、一般住民からボランティアが参加して支えています。 このうちロンドンにおけるクライムストッパーズは、8人のスタッフがいて市民からの電話やメールによる情報をもとに刑事事件を解決しています。 電話番号は全国共通の「0800-555-111」国民の94%が覚えているという、全英に深く浸透しているナンバーです。 クライムストッパーズに対しロンドンだけでも年間5万件の情報が市民から寄せられています。これにより毎年4億円から6億円相当の薬物が見つかり、500件以上の犯罪が検挙されています。 全英での通報は60万件に達し、うち直接犯罪に結びつくものが8万8000件。最近では通報によって逮捕された殺人犯は年間40人、薬物押収量は70億円に相当します。 例えば2003年には10代から50代まで10人に対する連続レイプ事件が起き、6つの警察署で300人の刑事が動き5万件の情報が警察に寄せられましたが犯人逮捕にはつながりませんでした。ところが、クライムストッパーズ宛の一本の電話により犯人の住所が知らされて逮捕、有罪判決に至りました。 2004年の初めにはロンドン市内の公園で殺人があったとの通報を私たちが受けましたが途中で通話が切れました。そこでラジオや新聞で「もう一度クライムストッパーズに電話してください」と呼びかけたところ電話があり、犯人につながる情報がもたらされて有罪判決に至りました。 私たちの活動は、犯人自身や犯人に近い人、犯人を怖がっている人を主な対象としています。通報者の匿名性を確保し、電話料金を無料にし、逆に通報者には現金で報酬を支払います。 夜働く人も増えていますから、通報を受ける体制は、ロンドンでは24時間体制ですし、2005年4月からはコールセンターを設置して全国で24時間体制になります。 私たちの本部は31の地方委員会を支援するため、中央政府と連携を取って年間約4億8000万円の予算を確保してこうした活動の財源としているのです。 発足から17年、特に力を入れてきたのが広報で、テレビや映画などのメディアの協力のほか、電話ボックス、バス停、電車、ゴミ収集車、パトカーなどありとあらゆる媒体によって存在を伝えてきました。通話料無料でかかる負担は警察との協議で折半としました。課題だった携帯電話も2005年には無料化します。 犯罪の通報についての内務省の調査によれば、国民の83%は警察には電話しません。理由は「怖い」「裁判所に行きたくない」「関わりたくない」からです。一方76%はクライムストッパーズに電話すると答えています。匿名だからです。私たちは匿名性を保証していますしそのためにスタッフは訓練されています。 相手が誰であるか分からないままのやりとりですから情報を聞き分ける技術が大変重要なのです。そのため電話を受ける人は警察のサポートを受けますし国内統一のトレーニングを行っています。特に上手なスタッフがいればその人を講師に新人教育を行ったりもします。 もちろん内部告発も寄せられます。ただし私たちは緊急に駆けつけたりはしませんし、ネイバーフッドウォッチでもなく、警察に対する苦情を聞く組織でもありません。 私たちは警察、メディア、そして地域コミュニティとのパートナーシップによって成り立っています。警察とは連絡を密にし、犯罪をアピールし、ともに対策を作り出します。メディアには犯罪をアピールし、私たちの存在を強調し、通報を促進します。コミュニティに対しては直接通報を促進するとともに、協力に対し報いています。 私たちが成功した理由は地域コミュニティがベースとなり、人々が興味を持ったからだと思います。「警察と話すところを見られたくない」という、犯罪のそばにいる人の怖がり、恐れる気持ちは、そのままにしておくと証拠や証言を得る機会を失うことにつながります。「クライムストッパーズに関わっても安全だ」ということが重要なキーワードなのです。 英国内のある大学の調査では、警察に寄せられる情報の65%がクライムストッパーズから送られたものであり、私たちの情報と警察の持っている情報とが異なっていて、私たちの情報の方が正しいということも多いのです。 例えば10代後半の若い人は薬物使用など自分の周りで行われていることに敏感です。それが情報として寄せられた場合大きな事件に発展することも実際にあるのです。 もちろん報酬なしには情報提供をしない人もいます。ですが、88年のスタート当初は情報提供者の15%が見返りを要求していたのと比べるといまは3%にまで減りました。 ちなみに内容次第で20万円まで現金で報酬を支払います。殺人などは上限近い額、落書きなどは1000円程度です。支払いは相手の個人情報を知ることなく、しかも確実に行います。通報のあった際に大手銀行の口座番号を伝え、通報者は窓口でその番号を言えば5日から1週間以内なら決まった額だけ引き出せるようにしています。 もし神奈川県で同じ仕組みを導入するとしたら、「安全性」と「匿名性」の二つを大事にしてください。私たちは警察から独立しており、慈善団体です。ただし警察が支援していますし受け入れた情報は警察で活用します。

(4)ウィリス保険会社(ロンドン)
<執行役員の山田正実さんの話をもとに構成>
ウィリス保険会社は創業176年、70カ国に13000人の社員を擁する世界第三位の保険ブローカーで、テロ保険を取り扱っています。 93年IRAによりロンドン・シティでの爆弾テロが起きた際には700億円という巨額の被害が出たため保険会社は商業用建物や財物の保険のうちテロによるリスクを免責としました。 そこで英国政府が解決に乗り出し、政府自身が上限なしの最終引受人となって「プール再保険」を創設し、テロによる火災や爆発のリスクを元受保険会社は2000万円までは負い、それを越える部分については保険会社同士の再保険による、さらにそれでもまかなえない場合に備えて再々保険としての政府資金という三段構えでテロ保険を機能させています。 英国の保険会社全てが加盟するこのプール再保険では保険料率は一律に決定されており、ブローカーの手数料も2.5%に固定されています。通常の手数料が15%から25%であるのに比べると「足の出るような手数料率」です。ちなみに保険料率はテロのリスクに応じて地区ごとに決められていて、最高は実際に標的となったロンドン中心部の金融街シティ周辺です。 95年にもIRAがテロを行いましたがこのときはプール再保険が機能しました。その後IRAと政府は和解し、リアルIRAという一部の過激なグループを残してテロは減少しました。そこで98年には保険料率が見直され85%もの大幅な引き下げとなりました。 ところが2001年911テロが起きました。旅客機が激突し崩壊した世界貿易センタービルの保険はウィリスが扱っていましたが米国においてはテロを免責していませんでしたから当然支払い義務が発生しました。 ところで保険会社は通常二つのビルが両方とも崩壊する事態は想定していません。このテロを一件と見るのか二件と見るのかで、2倍の支払いになるかどうかという、保険業界にとっての大問題なのでいまだに決着がついていません。 911テロの被害総額は4兆円と見積もられていますから、支払いが実行される段になれば世界の再保険会社は一度に大赤字となるので世界保険危機が現実化しました。それとともにテロによるリスクの免責化が世界中で行われています。プール再保険で先行していた英国はこの点で優れていたといえるでしょう。 さてプール再保険でカバーされているのは火災や爆発による損害でしたが、911で起きたのはどちらでもない「衝突」ですし、このほかに炭素菌などによる「生物テロ」、ダムの爆破による「洪水」のリスクも明らかになりました。 こうした新たなリスクに対応すべく英国では2002年7月にサイバーテロを除く全てのテロリスクを担保することになりました。さらに2003年1月にはプール再保険の抜本的な改定が行われ、元受保険会社の保険料率もブローカーの手数料も自由化されました。現在ロンドンの80%の企業がプール再保険を使ったテロ保険に加入しています。 いまではこのプール再保険と同様の仕組みがフランスやスペインでも採用されており、米国でも2002年にTRIA「トリシア」というやはり類似の再保険システムが3年の時限立法で成立しさらに2007年まで延長されました。 ところが日本では、911以降商業用建物等の物件はテロリスクが免責となったままであり、このままではいざというとき保険金は全く支払われません。先進国の中で唯一テロ保険に対応できていないのです。本当の意味でリスクをとらない護送船団方式でやってきてしまった日本の保険業界と政治の怠慢といえるでしょう。

(5)カムデン街路環境監視サービス(ロンドン)
<メンバーと面談し、夜の街頭監視活動に同行しました。>
英国では、政府からの補助金で自治体が腕利きの監視人を雇い、犯罪多発地域を巡回させる防犯活動が生まれています。 カムデン街路環境監視サービスというこの組織はロンドンの行政区の一つカムデンにあり、区内を三つのエリアに分けて合計20人のスタッフが年中無休で活動しています。平日は朝8時から夜8時まで土曜日曜は10時から6時までが活動時間です。 スタッフは元軍人や元刑務所職員。一箇所でも壊れた窓を放置すると町にあらゆる犯罪を呼び込む原因なるという、割れ窓理論に基づいてこの組織が設置されました。 お年寄りや若い人に安心して街を歩いてもらおう、暮らしてもらおうというシステムで、通りの環境を良くして、いざこざに巻き込まれるのではという不安や恐れをなくす活動です。 そのためまずは通りをきれいにすること、環境を良くすることから始めようとゴミ処理や街灯の補修など文字通り環境作りから取り組んでいます。同時に、生活に困窮している人には安価な公立のホステルやソーシャルワーカーを紹介しています。 一方長期にわたるホームレスや反社会的な行為を繰り返す人には街から出て行くよう「反社会的行為命令」を下す権限を自治体から与えられています。住民が匿名で出す情報に基づくとのことですが、こうして強い権限を背景にしている点が一種の威嚇力ともなっているようです。 こうした機能を果たせるのは彼らがコミュニティの中で接着剤の役割を負っているからです。たとえば薬物やアルコールに染まった人に対し、ソーシャルワーカー、警察、住民そして区役所と連携を取りながら活動をしています。 クライムストッパーズが警察に直結しているのと違って、監視人たちの活動はあくまで市民自身による活動であり目的も犯罪の予防に限ります。 例えばソマリア移民の多い公共住宅地区では、若い住民にサッカーチームを作ってもらいマクドナルドにユニフォームを提供してもらって彼ら自身に行動を改善させることができました。スポーツを通じた街の環境改善ではサッカーだけでなくサイクリングやボクシング、武道などを直接教えたりもしているのです。

(6)エジンバラ市中心部管理会社ECCM
イアン・ブロードフット理事
アダム・コン 地域安全プログラム担当理事
リチャード・ウェットン エジンバラ市議会職員(内務省より出向)
イアン・バーンサイド 地元警察警視正
ブライアン・ウィルソン 地元警察警部
コリン・ミーチャン 
地元警察警部の各氏の話をもとに構成
エジンバラ市中心部管理会社ECCMは、環境改善と犯罪抑制でエジンバラ市の安全性を高めようと、2000年にエジンバラ市議会によって設立された非営利法人で、エジンバラ市からの財政援助と同市中心部に店舗を構える企業を中心とする約90社からの出資により、年間約2億円の予算で運営されています。 ECCMの運営は市議会や警察OBに企業経営者も加わった15人の理事会によって行われ、現在15人の職員がいます。 市の中心部の環境をより良くすることで市民生活と企業活動の質を高めようという目的に沿って、具体的な活動方法やどのような取り組みが有効かを検討した結果、道路改良や環境政策まで含む広い意味での「地域の安全」作りに取り組みだしました。 もともと「地域の安全」プロジェクトは内務省が全国で呼びかけているもので、その活動の中心は警察と密接に協力しあう、地域に根付いた防犯活動です。警察としても市民との協力なしに安全は築けない、と自覚しているということで、エジンバラの全ての地区で市民との協力関係を構築してきました。 エジンバラ市は人口45万人。警察官1200人に対し常時警察と協力している市民は300人。これにより警察官は緊急対応に精力を傾け、地域の安全は各地区の市民との協力関係により対応しています。 もともとエジンバラ市は発生する犯罪のほとんどが市中心部の小売店でのカードの不正使用で月に4000件と突出しています。ECCMの取り組みはこうした犯罪を、地域の環境全体を警察と市民が総ぐるみで改善することでなくしていこうというものです。 このためECCMに対する90社にのぼる出資企業も市中心部の立地企業がほとんどであり、ECCMの主な活動も、110台の防犯カメラによるチェックや、所有者からの依頼により有償で行う落書き消しなどがあります。 そしてさらに、近郊農家による特設マーケットを開き、別枠で約34億円の市の予算により道路改良事業を含む物理的な環境改善事業をも展開しています。

(7)エジンバラ市中心部をモニターするCCTV
<CCTV管制センターを訪ね、フランシス・マコーマック CCTV戦略部長の話をもとに構成>
エジンバラ市中心部管理会社が市議会からの委託で実施している事業がCCTVです。その管制センターに並んでいるモニターは市の中心部に設置された110台のカメラによる映像で、15人の職員が3人ずつ5つのチームに分かれ24時間の監視体制を敷いています。 訪れたときは、市内で12歳の子どもの行方が分からなくなり、警察からの通報でここの職員がカメラを使って行方を捜していました。またこれとは別に、患者さんを搬送している救急車の行く手を妨害する車両がないかどうかもチェックしていました。 エジンバラではこれらの110台のカメラや小売店舗自身のものなどもあわせると総計1100台のカメラが防犯活動のために役立てられています。CCTVでは2005年には市民からの要望の強い住宅地にも設置を予定しており、CCTVが直接管理するカメラが250台に増えるため、現在新しい管制センターが建設されています。 現在この事業には1億4000万円の予算が組まれており、半分はスコットランド省から、3割は市から、2割は民間からの出資でまかなわれていますが、予算も倍増される予定です。 エジンバラ市で最初にこうした防犯目的のカメラが設置されたのは1998年のことで12台が市議会と小売店の要望で取り付けられました。その後台数は要望に応じて増加して行き2003年に現在の管制センターが開設されました。 いまではカメラを搭載した防犯用の専用車両もメルセデス社から2000万円の予算で購入して市中心部を巡回させており、こちらももう一台追加配備する計画です。 日本であればここで当然、プライバシー侵害という指摘が起こりそうですが、設置開始以来この6年の間、一度もそうした声は起きていないといいます。 「プライバシーよりも安全を優先したい」という市民の意向が市議会を突き動かし、防犯効果が明確になっていくに従い、逐次カメラが増えていっているというのが現状です。 もちろん、カメラで直接他人の住居をのぞいたりすることはできませんし、設置に当たってはその地区の市民の許可を事前に得てから行っています。 設置されているカメラは周辺機材も含めてほとんどが日本製ですが、ここを訪れた日本人は私たちが最初とのことです。カメラ一台につき購入設置費用は約500万円、一台の寿命は5年程度で更新を織り込んで配備を計画しています。 また、CCTVの写した街頭の映像記録は現実に起きた犯罪の捜査のため警察に提供されることがあります。 もちろん警察が捜査目的以外に使用することは厳格に規制されていますが、もし、CCTVが犯罪捜査のためのテープ提出を拒んだ場合は、法廷が提出を命じることになります。

教育改革編
(1)自治体国際化協会ロンドン事務所
竹内弘明次長の全体説明
田中尚所長補佐の英国教育政策説明
現地職員の英国教育改革説明をもとに構成
日本全国の自治体が共同で設置している自治体国際化協会ロンドン事務所を訪問し、英国の教育改革の現状について調査しました。 英国には公立学校が22000校、パブリックスクールと呼ばれる242校を含め私立学校は2188校あります。 1979年からのサッチャー政権が教育改革に取り組みだしたのは1987年で、その後1997年からのトニー・ブレア首相による労働党政権も引き続き教育改革に取り組んでいます。英国教育改革は17年の歴史を有しているわけです。 サッチャー政権は教育水準の低下こそ英国病の根源だとして、学校間の競争を促進するとともに、自主的な学校運営、親の学校選択の拡大を推進し、全国テストを導入して学力向上に取り組みました。 政府の補助金は直接、各公立学校ごとに設置された管理運営機関の「学校理事会」に与え、反対に「地方教育当局」の権限を大幅に削減しました。この改革を引き継いだのがブレア政権です。 ブレア政権のマニフェストのタイトルは一期目が「教育、教育、そして教育」2001年からの二期目が「犯罪、犯罪、そして犯罪」であり、今回の訪英調査はその両方のエッセンスを神奈川県に持ち帰り生かすことです。 ブレア政権は、サッチャー政権で実施されてきた全国テストと結果の公表、自主的な学校運営や市場原理を導入した路線を引き継ぎました。 ただし、縮小されていた地方教育当局の権限を逆に拡大して学校への予算配分権を持たせたり、初等教育での学力向上に重点を置いて読み書き計算を重視したり、2001年までに小学校低学年の99.5%で30人学級を実現させたりと、路線の修正や成果が見られました。 確かに小学校を中心に学力向上は進みましたが、地方教育当局は、業績が芳しくない学校に対し政府と一体となって改革を行うはずとの政府の思惑に反して、管理費や事務費がかさむ一方で、肝心の教育水準を引き上げることに力を割いているかについて多くの疑問が出されるようになっています。 例えば新しい学校を建設する場合でも、地方教育当局に任せていると時間ばかりかかるケースが目立っています。これにはブレアに代表される国会の労働党が総じて教育改革に熱心な「新しい労働党」なのに対し、地方教育当局は「古い労働党」の牙城でもあり両者の間で教育改革への姿勢にずれがあることが関係しているともいわれています。 そこでブレア政権は2005年以降、この地方教育当局を廃止することを決めました。今後は政府が直接各学校に財政支出を行い、各学校では学校理事会がその運営を任されるというシステムに変えることが決まりました。 このほかブレア教育改革では、学校の業績が芳しくない場合は国の教育水準局の監査を経て大臣が閉校を命じ、校長や教員を一新して再出発する「フレッシュスタート」の制度も機能しています。さらに教育特区を設けて学校理事会以外に自治体や企業も学校運営に参加する新しい運営形態も生まれています。 朝食を食べてこない子のために朝食クラブを学校に作ることや、学校とソーシャルワーカーの連携によって虐待防止を強化すること、私立学校の非課税優遇をなくすこと、業績の良い学校がスポンサーを集め業績の芳しくない学校を吸収合併することなども英国での最近の取り組みです。 2004年11月に出された教育白書には、あのハリーポッターに出てくる教科ごとにグループを作って学ぶ学校教育に戻そうという主張とともに、政府から地方の教育当局を通さないで直接学校へ予算を配分し、地方教育当局は通学用のバスと障害児などの特別なニーズのある子への教育についてのみ権限を発揮できるようにしようという方針が明記されているのです。

(2)ハネウェル小学校(ロンドン)
<ダンカン・ロバーツ校長の話をもとに構成>
ハネウェル小学校は、ロンドンにある児童数357人の公立学校で創立25年を迎えました。先生は15人で、訪れたときはちょうど授業が終って放課後になったばかりです。 バスケットボールやフットボール、ギター、ピアノ、フランス語、クリケット、テニス、クロスカントリーなど放課後のメニューは様々ですが、学校の先生のほかプロフットボールの「チェルシークラブ」のメンバーも加わって、地区の住民がボランティアで講師を務めています。 英国の教育改革は学校に権限をもたせるという点で一貫しています。この学校では、国から与えられた資金によって土地を所有し教員を雇用しています。またコンピュータも学校で購入するなど予算を自主管理しています。ダンカン・ロバーツ校長はこの点について、次のように話しています。 地方教育当局の力が学校に移ることはとても良いことです。なぜなら、教員から給食を作る人にいたるまで学校自身の選択でスタッフを雇えるからです。 これまでは地方教育当局で雇用していましたが、手続きが多く時間とお金ばかりかかっていました。それがいまでは、自前の給食か配食会社にするか選択できますし、人を雇うさいも我々自身が面接で決められるようになりました。学校の努力いかんでコストを下げることもできるようになったのです。 1980年代のサッチャー政権による教育改革はこのハネウェル小学校に土地と建物の所有権をもたらしました。政府に学校が申請すれば直接資金がもらえるようにする「グランドメインテイン」という名の改革の狙いは、地方教育当局の介入を退けて政府が直接学校を引き上げ伸ばそうということにあり、背景には政府の教育予算の20%を管理費として吸い上げる地方教育当局のあり方に対する反省がありました。 英国ではいまや、各学校に予算面を含め大幅な自主裁量権が認められています。ダンカン・ロバーツ校長によると、公務員とはいっても各教員の雇い主は学校なので、教員にとって学校は単なる仕事場ではなく教員自身の一部となること、各自がプロの意識をもつことがとても大切です。 ハネウェル小学校では教員の労働時間は1295時間と決められていますが、学校としてどのように教員を扱うか、責任を与えるかに重点を置き、仕事の質を任せていますから、決められた時間働けば済むといった考え方を持つ教員はいないということです。 この学校には、校長と教員が互いのプロとしての尊厳を大切にする風土があります。つまり信頼関係が成り立っているのです。教員は地方教育当局で採用されてたまたま配属されたのでなく、はじめからこの学校で雇用されたのです。だからハネウェル小学校への愛情もわくのではないでしょうか。 ハネウェル小学校の場合に限らず、ロンドンの小学校では教員が同じ学校で教え続けるケースが一般的で、この学校でも15人の教員のうち出産を機に退職する教員がまれにある以外は教員に異動はありません。長い人は20年を越えて教鞭をとり続けています。 ハネウェル小学校には、学校の運営を決める学校理事会があり、校長に対し苦情を伝えたり提案を行ったりと学校と一体となって活動しています。学校理事会は20人でメンバーには法律家や会計士など校長にとってもプロの視点で経営面を支援する心強い味方となっています。 校長によると、学校理事会には大抵2~3人、無理を言う人がいますが逆に校長にとっては考えるチャンスをくれる存在でもあるということです。 この学校理事会は英国の公立学校には必ず設置されている組織です。理事メンバーの顔ぶれや人数、持っている権限の強弱は、地域や学校の種類などで多少の差はありますが、平均して見ると、保護者や教員、地方教育当局からそれぞれ代表者が選ばれて、学校の予算や人事、運営について決定権や審議権をもっています。校長や教員は学校理事会によって選任され、理事会にも参加します。 理事に選任された人は交通費等が支給されますがそれ以外は無給です。教育・職業技能省の作成したマニュアルに沿って夜間7時から9時の間5日ほどかけて理事研修を受けます。
任期は最長で4年で自薦が基本ですが、弁護士や会計士など保護者の中に学校経営を支援できる職業の方のいるときは校長から就任を依頼することもあります。 ハネウェル小学校の学校理事会は、財務、カリキュラム、児童福祉、地域連携など6つの部会に分かれ、どの部会も秋、春、夏の各学期に二回開催するほか、全体の会も各学期二回開催し、校長は全ての会合に出席します。学校ではちょうどいま、理事に1名の欠員がありそこに4人の保護者が手を上げている状況です。 学校の資金調達の方法は政府からの予算に限りません。必要に応じてパーティやバザーによって保護者が主導して資金を集める方法が一般的で、地歩教育当局はその集まったのと同額の公的支出を学校に対して行いますから、資金集めにはインセンティブが働いてもいるのです。 ハネウェル小学校の場合、外部に通じるドアに電子ロックを取り付けたり、防犯カメラを取り付けたりする際にこの方法で資金を調達しました。

(3)ロイヤルハイスクール(エジンバラ)
<スヌーガ校長とベアード学校理事会議長の話をもとに構成>
ロイヤルハイスクールは小学校に続く7年間の公立の中等学校で11歳から18歳まで1109人の生徒が在籍しています。創立は1128年と国内で最も歴史の古い学校の一つで、スタートは男子校でしたが今は男女ほぼ同数の共学校です。 ロイヤルハイスクールの学校理事会には、保護者や教員のほかに16歳以上の上級学年から生徒も代表者を出しています。また本校の校長就任6年目のスヌーガさんも参加しています。校長と学校理事会の意見が合わないことはめったに無いということです。 学校理事会のメンバーは保護者から6人、教員から2人、生徒から2人の合計10人に加えて、卒業生の中から1人、地元議員から2人が加わっていることも特徴です。そのほかに保護者のうちから専属の秘書が一人選ばれます。校長の出席資格は学校理事会の正式メンバーではなく相談役としてのものですが出席は義務付けられています。 学校理事会は6週間に一度開催されていて、議事録はインターネットで公開されています。それを読んで他の保護者も理事会や校長に意見を言うことが出来ます。議事録の公開は法律で学校理事会に義務付けられています。 現在このロイヤルハイスクールの学校理事会で議題となっているのは、土日のほかに二週間に一度学校を半日にするのに何曜日にするかということで、金曜日の午後1時に学校を閉めるかどうか、を議論しています。これは午後の2時間を空けて教員自身の研修に充てようという校長の方針に基づくものです。 学校理事会は、学校の予算や将来の重要な計画にも深く関与します。学校の改築や改装、ロッカーの設置など財政負担の生じるものについても、学校理事会はPTAと一体ですから積極的に関与します。 PTAは学校理事会や校長に対し政府補助金以外に「学校に必要なもの」を尋ねます。もちろん購入や投資に必要な資金はPTAがパーティやくじなど様々な催しを通じて集めます。 学校理事会は生徒共通の問題については保護者からの提起で議論できますが生徒個人については話し合わないことになっていて、校長が扱います。 また、市の教育当局や他校の学校理事会とは8週間ごとに話し合いの場を持っています。エジンバラ市全体の教育について話す機会を持つことはとても重要だ、とスヌーガ校長は言います。 教員の採用については、エジンバラ市の教育当局の関与は限られており、ロイヤルハイスクール自身で広告を出し応募者と校長が面接をして校長が決定します。 ただし、管理職ポストに充てる上級教員は学校理事会の理事1人と校長が共同して面接を行います。この理事は面接の研修を終了した人に限られています。 校長の選任にあたっては学校理事会が行います。校長のポストに空きが出ると教育当局が募集広告を出し、応募者を対象に面接して数人の候補に絞ります。 そして候補のリストが学校理事会に回され、校長候補者はこの学校で第二回面接に臨むことになります。その際面接に当たるのは学校理事会の理事である保護者を中心に地元議員や教育当局も加わったメンバーです。 この学校の場合、校長を補佐する副校長に3人を充てています。3人は教育当局と理事会が面接し校長が任命します。このほかに校長専属の職員として経営部長を1名置いていますが、面接や任命の方法は副校長と同じで、会計や運営に詳しく予算などでも校長の相談に乗れる人というのが条件です。 教員になる人の標準的な道のりは、一般の大学を卒業し教員養成カレッジに1年在籍して試験に合格すれば今度は1年間トレーニングティーチャーとして正規の教員の7割ぶん働きます。見習い期間を通して長期間大勢の教員の目にさらされることで教員の水準を担保しようというわけです。 その期間を過ぎると見習いだった人に向けて、職場で見ていた先輩のびっしり書き込んだレポートが届けられます。 合格できた教員は教員の協議会に登録して地方教育当局の広告などをもとに自分で学校を探すことになります。一般の大学出身者が多いのは教員になれなかったとき転進が容易なためで、初任給は年間で約400万円です。 こうして採用された教員を逆に辞めさせたい場合は、学校理事会から地方教育当局に伝達し地方教育当局が辞職させることになります。 一般に英国、なかでもエジンバラのあるスコットランドでは、教員は「その学校」に勤務するために希望し採用された教員であり、教員の異動は自己申告でできますが、いったん雇ったら辞めさせることは余りありません。辞めさせるよりその先生を変えることに力を入れています。 しかし、どうしても芳しくない教員はどの学校にもいますとスヌーガ校長は言い切ります。遅刻常習や飲酒、体罰の教員には、法に基づき毅然と対処しています。 最後に「校長の感じる学校理事会の存在意義は」との問いに対し、「私が言えないことでも理事会は当局に対してものを言えます。頼もしい存在です。」との答えが返ってきました。